アーカイブ 10 月, 2009

弥三郎の史跡探訪シリーズ(10月25日号)

日曜日, 10 月 25th, 2009

■岩崎弥三郎君による史跡探訪レポートは、今後「弥三郎の史跡探訪シリーズ」としてご紹介していきます。今回は小樽編です。 こんばんは~! 今回は、幕末のもう一つのヒーロー「新撰組」についてです。 先日、新撰組の2番隊組長の永倉新八のお墓が小樽にあるという情報を仕入れまして、今日は捜しに行ってきてお参りに行ってきました。   何故、小樽に永倉新八のお墓が?とお思いの方もいると思いますが、晩年は小樽で過ごしたそうです。 (後に永倉新八のお骨は分骨され、小樽の他にも札幌や東京にもあるそうです。だがしかし、この墓碑銘には家族の名前が彫ってあるのですが、何故だか永倉新八の名前は入っていません…)   ところで、このお墓のある墓地は目茶苦茶広くて、ある程度の場所はわかっていても肝心の場所が分からなくて、一時間程ぐるぐると捜し廻っておりました…。 (まぁ、いつも地理に詳しい人を連れずに一人で歩き廻っているから、必ず迷うんですが…)

夜の外観

土曜日, 10 月 17th, 2009

記念館の夜の外観をご紹介します。函館の街並みにピッタリとマッチしています!

弥三郎君からの情報3

金曜日, 10 月 16th, 2009

■今日は岩崎弥三郎君の投稿三部作(?)最終回です↓ 平成2年に江差町で復元された旧幕府軍の旗艦、「開陽」(開陽丸)です。 この船の中には、実際に江差沖に沈んだ「開陽」から引き上げられた物品も展示されているのですが、その中には徳川幕府の船として「葵の紋」の銅板をオランダに発注したのですが、それが何かの手違いで「ハート」に変わってしまった物も展示されています。

弥三郎君からの情報2

水曜日, 10 月 14th, 2009

■前回に引き続き、岩崎弥三郎君からの史跡情報第2弾をお届けします↓ 江差町リポート第二弾であります。 以前送りました旧幕府軍旗艦「開陽」のすぐ近く(というか真後ろ?)にある「かもめ島」。 旧幕府軍が駐屯していたお寺「東本願寺江差別院」。 そして、「開陽」が江差沖で座礁沈没した際、榎本武揚や土方歳三がその場所で嘆いたと言われている「歎きの松」 が、今現在も残っています。

弥三郎君からの情報1

日曜日, 10 月 11th, 2009

■今日は、おなじみ岩崎弥三郎君からの史跡情報第一弾です↓   久しぶりの写真投稿です。 今日は、乙部町からお送りします。 ここは旧幕府軍が占領した箱館奪還の際、新政府軍が反転攻勢に討ってでる為に最初に上陸した場所で、今は二つの看板が残っています。